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2014年5月31日 (土)

Listening:<記者の目>日独の認知症施設を取材して=中西啓介(外信部<前特別報道グループ>)  (毎日新聞)

◇臭いに表れる介護の質

 認知症取材のために介護施設に入る時、すっかり習慣になってしまったことがある。入る前に息を止め、臭いに慣れるまでゆっくり呼吸することだ。いきなり鼻で空気を吸うと、予想以上の臭気に気分が悪くなることもあった。

 3月まで所属した特別報道グループで、認知症の人がおかれた現状を取材するため、特別養護老人ホームや介護老人保健施設、精神科の認知症病棟などを訪れた。多くの施設で排せつ物の臭いや換気の悪い食堂のような独特の臭いがあった。本来は「生活の場」でもある施設で、私が最も違和感を覚えたのがこうした臭いの問題だった。

 ◇汚物で汚れても完全に閉じ込め

 3月下旬、ドイツの認知症政策を取材するためベルリンを訪れた。最初に訪問したのは郊外にある認知症患者が入る精神科病棟だった。高い天井とガラス張りの建物は日本のものとは違い、明るく清潔感が漂っていた。ドアを開けて、拍子抜けするほど臭いがしないことに驚かされた。

 国内で取材した施設の中では認知症病棟が最も臭った。日本の病棟と何が違うのか。

 全室が1人部屋か2人部屋で、いわゆる大部屋はない。部屋のつくりも配慮が行き届いていた。廊下から扉を開けて中に入ると、まずはトイレとシャワーが併設された小部屋がある。汚物で汚れても洗い流すことができる。奥にも扉があり、その向こうにベッドが置かれた部屋があった。排せつ物の臭いを完全に閉じ込めていた。日本では通常、トイレは建物の中央部など一カ所に集められ、多くはカーテン状などの扉のため臭いが漏れ出していた。

 見学しながら、認知症病棟に入院した経験がトラウマになった男性(77)を日本で取材した時の話を思い出した。「大部屋のベッドの上でおむつを替えるから、部屋中に臭いが充満して、一日中廊下まで臭かった」。男性もベルリンの病院のような場所にいたなら、トラウマを抱えることはなかっただろう。

 日本の介護施設では、「臭いは介護の過程で生まれる必然的なもの」として慣れきってしまう職員も多い。一方、入所者とその家族にとっては施設と家庭の差を明確に知らしめる存在でもある。面会にお菓子を持って来ても一緒に食べる気になれず、後ろめたさを感じる家族もいた。思い切って施設側に臭いへの疑問をぶつけた人もいたが、「うちはまだましな方です」とにべもなかったという。

 認知症専門フロアがあるベルリンの老人ホームは28人の重度認知症患者が入所していた。車いすや徒歩で徘徊(はいかい)する人がいるのは日本と変わらないが、ここも悪臭とは無縁だ。施設管理人のベルンハルト・シュプレンガーさんは「臭いの問題は極めて重視している」と強調する。おむつは隔離された部屋で替え、汚物は回収され、施設内は24時間換気されていた。シュプレンガーさんは「(人権侵害などがないか)施設運営を監視する公的機関は臭いを含む全体的な印象を重視している。臭い対策は重要な課題」と話す。

 ◇生活の場として快適かを基本に

 「臭いは日本の認知症介護の問題を象徴している」と話すのは認知症往診医として多くの施設を回る木之下徹医師だ。「誰も自分の家の臭いは分からないけれど他人の家の臭いは分かるのと同じで、基本的な問題であるにもかかわらず施設の人が臭いに慣れてしまうことによって問題が見落とされがちだ」と指摘する。

 木之下医師は言う。「臭いの有無は、ひとりひとりの排せつをどれだけ丁寧に扱っているかという介護の質の問題や、入所者の視線に立って想像ができているかという介護する側の姿勢を象徴している。臭いをなくすため単に消臭すればいいというわけではない」。もっともな意見だ。厚生労働省は臭いの原因となる衛生管理についてのガイドラインは定めるが、臭い対策は示していない。同省の担当者は「施設の臭いを指導するということは、主観の問題もあって難しい」と話す。

 ベルリンのグループホームでは、窓を開け放した個室で、認知症の男性がゆったりと紫煙をくゆらせていた。日本の介護施設では目にしたことのない光景だ。施設を運営するアンドレアス・クルーガーさんは「ここは生活の場なんだから当たり前だろ。酒も好きなように飲めるよ」と言う。ドイツでは施設が認知症の人の生活の場という基本認識が徹底されていた。日本でも認知症の人たちにとって居心地の良い生活の場を増やすため、思い込みを捨て、もう一度施設の臭いを吸い込んでみるのはどうだろう。

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コメント

中西啓介さんは、このように、きちんとした内容が書ける方でいらっしゃるのに、
とりわけ注意が必要な子供向けの記事(ここに注目!/96 ドイツ 「ベガーナー」たちの生活とは)に基礎知識を確認されることをなく、ご覧になった素晴らしいものに、ただご自身の偏見を載せて伝えるとは驚きであり、非常に残念です。

言ってしまえば、この世に存在し生きていくことは、自己満足であるかもしれません。他者を救うために命をなげうつことさえも。
しかしながら、畜産業の現実、と畜の仕事に携わる人の苦しみ、世界の飢餓問題、食料廃棄問題、アレルギー羅患、森林開発、絶滅危惧種、食物連鎖、気候変動・・・環境問題と一口に言っても、大変な項目の課題が繋がっていることに、微々たる歩みであろうと前へ進みたいという想いを伝えずしては、何も見ていないと感じざるをえません。

ましてや日本人の日本人たる自然観や、他者への気遣いの感性というものをもっていらっしゃるのだろうかとさえ、疑わしく思えてしまう記事でした。

日本語対訳はほぼヴィーガンとされていますが、
ドイツ語の勉強にもなりましたから、ここは
ベガーナーという音を楽しみたいと思います。
これからも、どうぞご活躍を、お祈り申し上げます。

投稿: miki hashimoto | 2016年2月14日 (日) 07時16分

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